こんばんは、高川です。
以前、ボクシングの記事で「静についてはまた今度」と一言添えていましたので今夜は私の取り組んでいる「静」について書いてみようと思います。
私の取り組んでいる「静」とはつまり書道の事。
今年に入ってから取り組み始め6か月、教室に通うようになって3ヵ月が経ちました。書道もいろいろありますが最近流行のデザイン書やパフォーマンス的な書ではなく日本古来からある伝統的な書道です。
わりと多くの方が小、中学生くらいまでは習い事として書道を経験されているのではないかと思います。多分、あまり心構えについて考える事はなかったでしょうから「お習字」と言った方が良いかもしれませんね。
そんな私も例に漏れず小学一年生から中学三年まで習っておりました。
実に9年間も習っていたのですね。
最終的には、中学生の部で7段の段位まで取得していたのですが、高校に進学しバイト、部活、遊び、勉強は無いか(笑)などで両立が厳しく辞める事に。
当時は半強制的な習い事として嫌々?やっていましたし、あまり書道について深く考える事もしませんでした。
それが何故、今頃になってまた始めたのかと言いますと...
歳を重ねて物の見方が変わったからでしょうか?
日本人に脈々と受け継がれてきたDNAのせいでしょうか?
とある高校生の書に感銘をうけたからでしょうか?
はたまた、私特有の気まぐれでしょうか?
きっとそれら全部正解(笑)
しかし、もう一度書道を始めようと思い立った最大の理由は己と向き合い己を知る為。
書は己を映し出す鏡だと心得ていましたから。
上手く書こうと思うのではなく、心を落ち着け集中し、心で心を書く。
本当にそうだと思います。
茶道、華道、剣道なども道ですがきっと心構えには共通する所があるのではないでしょうか?
再開したころは好きな言葉を書にして楽しんでいた。へったくそ!(笑)
今年45歳を迎えますが、ここに至るまでの自分は動!動!動!(笑)
とにかく「動」しかありませんでした。
私にとっての「動」とは内に秘めたエネルギーの放出でしかなく何れ心身ともに疲弊して行くものだと感じておりましたし、その時期がやって来た事にも気付いていました。
逆に「静」とは?
心を静かに落ち着かせて集中するという行為は一見、疲れるように感じるかもしれませんが、私にとってはそうではありませんでした。つまり充電を意味しています。
子供の頃は疲れ知らずでしたから気付かなかったのかな?
それともそもそも集中出来てなかったのか?(笑)
今は、毎日ではないですが時間がある時は線練習だけでも集中して行うようにしています。これだけでもかなり充電できますし、心身の状態を感じ取る事ができます。
その充電に一役買っているのが墨の香り!
チョコじゃねーよ(¯―¯٥)
墨の香りがこんなに良い香りだったとは
墨の香りは和のアロマと表現するのが適切なのかもしれません。
本当にいい香りですよ。
私は凄く落ち着く事ができます。
結局のところ、私にとっての「静」へ取り組みとは書道であり、己と対峙しする事、その中に癒やしを求めて行く行為といったところでしょうか…相反する事のようですがシャープで鋭い研ぎ澄まされた感覚になる事はとっても気持ちが良いのですよ(^^)
とはいっても書の楽しみ方は人それぞれですからね~(笑)
これからは嫌々ではなく己の為の書道を楽しみたいと思います。
書道を再開して本当に良かった(^^)
と、長々書くと読むほうも疲れるだろうから
今夜はここまでにしましょうか。続きはまた今度。次回は書道の魅力について書いてみたいと思います。
最後まで読んで下さった方、お付き合いありがとうございました(^^)
そうそう、私が属している会派は日本書学研究会の一先会。
興味のある方はWebを覗いてみて下さいね。
※番外編~本日の書
明日の提出分を慌てて仕上げる。浮気心が随所に現れてる。ほんと大丈夫かよ(^_^;)
友人のタカコ様が掘ってくれた篆刻。本当にありがとう。お守りとして大切に使わせて頂きます!!
その篆刻は今回、条幅の書に使わせて頂きました。進級できるようお守りだね(笑)
コメント